こんにちは。
『ロールケーキのはじっこ』インタビュアーの佐藤絵里です^^

Web制作会社の兼業社員として、取材ライターやホームページ制作をしています。

私自身ははあきらめることが大の苦手。
常に生きづらさを感じ、人と一緒にいることを避けるように生活していました。

それが、上手にあきらめられるようになったことで、ず〜っとしんどく感じていた生きづらさはすっかりなくなり、本当の意味で・・・・・・自由になれたと感じています。

もともと私が自分に抱いていたイメージ

今、社会人10年目ぐらいになります。
新卒時に自分に抱いていたイメージって、「会社でバリバリ働いて、賢くて、冷静で、クライアントとの交渉もしっかりできて、自分の主張を上手に通せる」人でした。

いわゆるバリキャリです!

自分のことをそんな風に思っていた理由は、学生時代は典型的な優等生だったから。

静岡県に生まれ4人兄弟の長女として育った、典型的な優等生。
大学を首席で卒業し、東証一部上場の大手製薬会社に入社!

勉強も運動もやればできたので、当時の私は「なんでもやればできる」と思っていましたし、できない人の気持ちを分かろうとすら思いません。

「あきらめる」なんて、むしろ大嫌いな言葉でした。

大学4年生の佐藤
大学4年生の佐藤

私が上手にあきらめられるようになるまで

しかし、大学時代からは何度もあきらめる経験をしてきました。
過去の自分を振り返ると、「あきらめるのが壊滅的に苦手だったんだな」と思います。往生際が悪いってやつですね…。

実は、学生時代の将来の夢は「パティシエになる」ことでした。だけど、製菓学校ではなく大学に進学します。

「大学3年生になったら製菓学校の夜間コースに通って、卒業後はケーキ屋さんに就職しよう!」なんて計画を立てていました。

製菓学校の費用と生活費のためにケーキ屋さんでアルバイトをしつつ、ヨーロッパにも修行に行けるようにドイツ語とフランス語を専攻しました。

とにかくあきらめるのが苦手だった。退部するのに1年半悩む…。

大学ではアルバイトに勉強に勤しみ、そして体育会系バドミントン部に入りました。
小学生の時からず〜っとやっていたので、「せっかく大学に行けるならバドミントンも続けたい!」って思ったんですね。

ただ、1年生の夏頃から体調を崩します。
体調を崩すというか、激しい運動を続けているとたびたび心拍数が異常に速くなる…orz
頻脈ってやつですね。

持病の不整脈が悪くなったのかな〜と思い、病院へ。
子供の頃から心電図をとると病名は出るものの自覚症状がないため、ず〜っと経過観察でよしとされていました。

病院に行ったら案の定、「頻脈発作が起こるなら手術をした方が…」という話に…。

ただ、頻脈が出るのって激しい運動しているときで、時々なんですよね。
そして私は痛いのが大の苦手。笑

「ひとまず激しい運動をやめて様子を見る」という選択もあるわけです。

賢い人であれば、「退部するか、あるいはマネージャーとして関わればいいじゃん」って、スパッと決められるんだと思います。

ただ、当時の私は「手術は絶対に嫌!」「バドミントンやるなら全力でやりたい!」「部活をやめるなんてありえない!」という謎の思考回路に陥ってました…。

結論をお伝えすると1年半も悩んだ末に退部します。

退部するまでに
 私「やめます!」
 同期「できる範囲でいいから一緒にやろうよ!」

っていうやりとりが、覚えている限りで3回はありました。笑笑

1回目の「やめます」も本当にやめようとして伝えるものの、身近な人に「やめないで」的な声をかけてもらうと決心が揺らぐわけです。

温かい声をかけてくれた人に対して、当時はガチで「余計なことをしないでくれ」と思っていましたが…。

そのぐらい当時の私は、自分自身の「やめたい」という決心を優先しきれない弱さを抱えていたんだと思います。

にしても、1年半悩むとか長すぎる…。笑

退部の理由を自分以外の何かのせいにすれば簡単にやめていたかもしれません。
でも、原因は明らかに自分にあるので誰のせいにもできません。

それまで、自ら「あきらめる」という決断をしてこなかったので、退部うんぬんよりも自分の意思で決め切るのが怖かったんだと思います。

退部すると同時に、なんか心の一部が空っぽになったというか、、、

「自分ってダメなのかも」みたいな思いが募り、パティシエになる夢もあきらめ、就職活動をして製薬会社に入社しました。

社会に出てから大変大変!どこの職場でも続かない…。

ただ、社会に出てからが大変で…。

転職を繰り返しました。

製薬会社の営業職→洋菓子店の事務→人材紹介会社の営業兼キャリアコンサルタント

長く続いても1年半。

それぞれ転職理由はあるものの、営業成績が悪いわけでも、誰かに強く当たられたわけでもなく…。
自分の中でしっくりした原因が分かりませんでした。

3社目は仕事や会社は好きだったにも関わらず、精神的にも身体的にも異常が出たので薬を服用しながら働き、ある朝出勤できなくなってそのまま休職、そして退職。

当時は毎日、夜になると原因不明の蕁麻疹が出ていました。
蕁麻疹が引かず、翌朝は出勤せずに通院したこともあり、毎日「すみません」って思いながら生活してましたね。

「なんでだろう?」という思いでいっぱいでしたが、理由が分からないので「自分は社会不適合者なんだ」と思って納得するしかありませんでした。

恋愛っぽい雰囲気がつくれない!初めてスパッとあきらめた

「社会不適合者の自分はもう組織では働けないな」と思い、水商売をすることに。

風俗エステという、エッチなマッサージを提供する業態です。
お客様は女性に癒されたり、疑似恋愛を楽しんだり、そんな感じの方が多いと思います。

がっ!

私はここで生まれて初めてスパっと「できない…」と、あきらめたことがありました。

恋愛っぽい雰囲気をつくるのが壊滅的にできなかったんです…orz

できないというか…。
その雰囲気を出そうとしている自分を客観視してしまい、恥ずかしさの方が勝ってしまうといった感じですね。

当然のことながら指名がとれません。
出来高制なので、お客様をとれないとお給料がありません。

とはいえ、恋愛っぽい雰囲気はつくれません(2回目w)

そこで、恋愛っぽい雰囲気をつくろうとするのはあきらめました。

指名をとるために私が心がけたのは3つ。

  • お客さまを人として好きになること
  • マッサージの技術をあげること
  • お客さまにリラックスいただけるような空気を作ること

幸いにも、私がいたお店は人気女性による接客講習や、外部講師をお呼びしてのアロマトリートメントの講習を受けることができました。

お客さまに対しては、とにかくリラックスいただけるように。日々いろいろあるとは思いますが、「今だけは身体も心も休んでくださいね〜」と思いながら接していました。

ご家族やお仕事の話、悩みなど、普段なかなか聞けないようなお話をお聞きすることもあって、純粋に楽しかったです。

そんなこんなでやってるうちに、「売り上げを作れている人は、こういう業界でイメージされがちな色恋営業とかじゃなくて、きちんと接客してコツコツ努力してるんだな」とか。
「一人一人の女性にそれぞれの良さがあって、指名をとれないのはその良さが出せていないだけなんだな」とか、そんな発見がありました。

少しずつですが指名をいただけるようになり、指名じゃなくても私がついたお客さまが再来店される割合が高かったそうで、新規のお客さまに優先的に入らせてもらえるようにもなりました。

生まれて初めてスパっと「できない」とあきらめ、自分ができることをひたすらやって、世の中の見え方がガラッと変わった瞬間でした。

プロと同じようには「できない!」技術重視のお教室にするのをあきらめた

とはいえ、水商売はなかなか親に言えないなと思い、自分ができることで独立しようと考えました。

「世の中に求められているけどまだあまりなくて、それでいて私ができるもの」という理由から、アレルギー対応のお菓子教室をはじめました。
卵・乳・小麦不使用のお菓子を作るお教室です。

ここからは、もう、いろいろあきらめましたね…。
壁にぶちあたっては軌道修正の連続で、相当いろいろあきらめました。

まず、私は製菓の実務経験はありません。
今振り返ると気にしなくてもいいのかもしれませんが、当時は製菓の業界経験がある方々と自分とを比較して「どうしよう」という感じでした。

特別手先が器用というわけでもありません。

そこで、製菓の技術を売りにするのをあきらめました。

幸いにも、相当な数のケーキの食べ歩きをしてきたからか舌は肥えているので、完成したケーキは自他共に評判がよかったです(・∀・)

そのため、「パティシエ経験がない佐藤開発したから、初心者でも作れるお菓子教室」「ケーキを食べ歩いて舌が肥えている佐藤が開発したから、アレルギー対応でもおいしいレシピ」をコンセプトを打ち出しました。

合同お誕生日会。ケーキは卵・乳・小麦不使用

お教室は横浜駅からバスで15分の、決してアクセスがよい場所ではありませんでした。

それでも 北海道〜奄美大島まで全国各地から、オンラインレッスンを含めると延べ1400人以上の方にご参加いただきました。

最初は華々しい優雅なお菓子教室も考えましたが、工房はボロアパートを改造して作ったものだったので、優雅なお教室もあきらめました。笑

いろんな流れで起業したものの学生時代の夢がパティシエだったので、「やっぱり私はお菓子の仕事に携わりたいんだ!」と、この時は思っていましたね。

非効率でもプライベートレッスンが楽しい!お教室を大きくするのをあきらめた

お菓子教室ですが、開業当初は1回のレッスンにつき最大4人までで開催していました。

ただ、「卵・乳・小麦粉じゃなくて、うちの子はナッツがだめで…」とか「うちの子は大豆がだめで…」とか、そんなお声をいただく中でプライベートレッスンも開催するようになりました。

で、やってみたらこれまた楽しいんです!

卵・乳・小麦不使用のスイーツプレート
卵・乳・小麦不使用のスイーツプレート

スポンジを焼いている時間なんかに、生徒さまからいろんなお話が聞けるんですね。
その時間が好きで…。

プライベートレッスンばかりになって、多い時は1日3回とか開催していました。笑

「一度にたくさん人を集めた方が利益は出る」って。頭では分かっていますが、より楽しいのはプライベートレッスン。

楽しいですが、控えめに言って大変です。
大豆抜きとかナッツ抜きとか、生徒さまお一人お一人に合わせて試作して、レッスンして、SNSやブログで発信して、通販もやっていたのでその対応とかetc…

製造部屋の床で寝るのが日課になっていました。笑

それでも起業したばかりの頃は、「世の中にわざわざ看板立ててやるからには、お教室を大きくしなくちゃ」と思っていましたね。

ありがたいことに、テレビに取材いただいたり、雑誌にケーキを掲載いただいたりもしました。

池袋コミュニティカレッジにて。NHKに取材いただいた様子。

それなのに、お教室を大きくすることに対しては、なんか気が進まない…。

そんなタイミングで、アレルギー対応スイーツコンテストの実行委員長をさせていただくことに!

第1回目の応募数は84作品!
全国各地からおいしそうなアレルギー対応お菓子レシピが集まりました。

決勝審査では試食させていただきましたが、本当においしくて「作るより広める方をやりたい」と思いましたね。

第1回アレルギー対応スイーツコンテスト決勝審査の集合写真
第1回アレルギー対応スイーツコンテスト決勝審査の集合写真

そんな流れで Web受託開発&制作会社に就職します。

今は兼業社員として、社内外で取材ライターやホームページ制作をしています。

フルフレックスかつリモート勤務で、自分で自分の仕事のペースがつくれる上に、社内にも頼れる人がたくさんいる環境をすごく気に入っています。

とはいえ「起業するからには会社を大きくしなければならない」と思っていたので、入社するのは大きな決断でしたね。

会社員になることを決めたときは「諦めた」という感覚でした。

ただ、「自分の会社を大きくする」というのは私がこだわっていただけですし。笑

私のレシピじゃなくても「アレルギー体質でもそうじゃなくても食べられる、おいしいお菓子が広まればどんな方法でもいいよ」というのが本心です。

自分を縛っていたのは「しっかりした人にならなくてはならない」という執着

Web制作会社に入社して1年ぐらいたった頃、人材紹介会社時代から悩まされていた蕁麻疹がいつの間にか出なくなっていました。

退職してから症状は和らいだものの、その後もここ6年間、毎晩のように出現していたんです。

いろんな治療を試したり食事に気を遣ったりしても、一向に治らなかったのに…、まったく出なくなった!

たまたまかもしれませんが、蕁麻疹が出なくなった理由を考えてみると「自分の欠点だと思い込んでいたところを認められるようになった」ことが大きいかなと思います。

過去に、いろんな人から同じような言葉をいただいたことがありました。

「感情に任せて判断するのはやめなさい。」
「そんなに他人のことは気にするな。」
「そんなに細かいことをいちいち気にするな。」

当時の私にとっては、なんだか欠点を指摘されているように感じたんですね。

社会人2年目ぐらいの佐藤

冒頭でお伝えした通り、自分は「会社でバリバリ働いて、賢くて、冷静で、クライアントとの交渉もしっかりできて、自分の主張を上手に通せる」人間だと思っていました。

だから、いろんな人からいただく言葉に反応して、自分の欠点だと思うところをひたすら直そうとして生きてきました。

直そうと相当がんばったけど、直りませんでした。

だから直すのをあきらめました。笑笑

そしたら蕁麻疹もまったく出なくなって、そこでやっと気がついたんです。

自分のことをしっかりした人間だと思っていたけど、そうじゃない。

どちらかというと、「マイペースなくせに騙されやすくて、感情的で、流されやすくて、何かをやるときに目的は押さえるけどそれ以外はこだわりがない」人間だと。今は認識しています。笑笑

そんな、自分のメンヘラ気質なところ弱さとか至らなさを受け容れられるようになってからは、人と関わることがすごく楽しくなりました。

学生時代に思い描いていたしっかりした人になることはあきらめましたが、今の自分の方が好きだし毎日楽しいです(о´∀`о)

みんなのアレルギーEXPOにて

「あきらめよう」という感覚になれるのは全力でやってきから

そもそも「あきらめた」という感覚になれるのは、あきらめた対象に全力で向き合ってきた証拠。

本気で取り組まないことに対しては、「あきらめよう」なんて感情を抱くことはありません。

パティシエの夢をあきらめ、ケーキ屋さんに就職し、4年間お菓子教室を運営した末に出した結果は「おいしいお菓子を作るんじゃなくって、誰かが心を込めて作ったお菓子を広めたい」でした。

社会人になってから製菓業界をふらふらしたのは、大学時代ではあきらめきれてなかったんだと思います。

「やりたい!」って強く思ったことって、それなりに全力で向き合わないと「あきらめる」っていう判断がつかないのかもしれません。

だから、最終的に「あきらめよう!」という感覚になったら「ひとまずはお疲れ様でした」って、向き合い切った自分を褒めてあげればいいと思います。

オークウッドのケーキ。一番好きなケーキ屋さん♪
菓子工房オークウッドのケーキ。一番好きなケーキ屋さん♪

「あきらめる」とは「受け容れて前に進む」こと

あきらめ続けていると、「本当にあきらめたくない」ことだけが残ります。

「大切にしたいこと」と、言い換えることもできるかもしれません。

いろいろとあきらめ続けてきたら、私が大切にしたいことって「自分が興味あることを突き詰めながら、それを適切な方法で表現して世の中をいい感じにしていく」ことだと気がつきました。

学生時代から、人の感情に関わるものというか、まさに今 書いてるような「人生とかこの世の中ってなんだろう」とか「どうして人間だけ感情を言語化できるのか」とか、そういうのにすごい興味があります。

自分を実験台にしながら人生ってなんなのか突き詰めたいですし、自分はもちろん、自分の周りの人の意思も尊重しながら楽しく生きたい。

たくさんの人の、「こうあるべきだ」ではなく「こうしたい」という、自由意志で生きられるきっかけになりたいです。