今回お話を伺ったのは、ご縁はがき講師の玉城麻衣(たましろ まい)さんです。

「ご縁はがき」は玉城さんオリジナルのサービス。筆ペンで思い思いに言葉やイラストを書いて、職場の方やお客様に感謝の気持ちをお伝えします。

玉城さんのFaceookより

玉城さん、もともとは会社員をされていましたが、「ご縁はがき講師」として2回の独立を経験。

1回目の独立後、縁あって再び会社にお勤めすることに。信頼できる大好きなメンバーに囲まれ、やりがいある環境に身をおくものの、悩みに悩んで退職・独立を決断されます。

「ご縁はがきを本当に自分がやりたい形で届けるには?」を考え抜いた末の決断でした。

そして現在、ご縁はがき講座は着実に広がりを見せ、全国各地のみならず小学校などの教育機関で開催することもあるそうです。新規で講座に参加された人数は800名をこえたそう!

いつもたくさんの人に囲まれている玉城さんが、温かい職場環境にいることをあきらめてまで届けたいご縁はがき。独立の経緯と、その思いをお聞きしました。

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玉城麻衣プロフィール

ご縁はがき講師 玉城麻衣

熊本県生まれ。
幼少期は転校が多く、学校では常に「何を感じているか、言いたいか」ではなく「この空気で何を言うべきか」を思いながら過ごす。そんな中、親しい友人と文通をするようになり、手紙を通して「素直な心の声が文字にできる」という体験を重ねる。

2016年より、ご縁はがきレッスンを開催。
色とりどりの筆ペンを使って、感謝の思いやイラストを自由に表現できるレッスンが人気を呼び、富山、群馬、埼玉、盛岡など、全国から依頼を受ける。レッスン参加者は正味800人以上。

プライベートでは一児の母で、ご主人との3人暮らし。
「はがきから一期一会の幸せを。」をモットーに、子育てとご縁はがきの普及に日々邁進している。

ご縁はがき

ご縁はがきを始めたきっかけは一冊の本だった

佐藤 どうぞよろしくお願いいたします!
さっそくですが、麻衣さんのあきらめたことってなんでしょうか?

玉城 今、まさにというところですが、個人事業主として1からビジネスを作ろうとしています。

会社に勤めていたことが2回あるので、もちろん組織の中で積み上げていける成功や安定もあると思いますが、それを得ようとすることをあきめました。

今もけっこう考えるのですが、「新卒の時の会社に居続けていたら、今頃ボーナスだったのかな」とか。笑

佐藤 あ〜。確かにそれはあります。

私、6年個人事業主でしたが、久しぶりにボーナスをいただいて「何もしないのに、何このお年玉?」みたいな感覚がありました。

玉城 そう、そうなんですよね〜。笑

佐藤 ご縁はがきを始めたのはいつだったんですか?

玉城 ご縁はがきを一人でやり始めたのは2016年です。
きっかけは大晦日に読んだ本でした。その時は神戸にいて、実家の熊本に帰る新幹線で読んだ「あした死ぬかもよ?」 っていう、ひすいこうたろうさんの本です。

すごい尊敬する方から勧めていただいた本なので、時間がある時にちゃんと読もうと思って、新幹線で読みました。そこで「人は1万回、何かをやり続ければ生まれ変わった自分になれる」っていう言葉が書いてあったんです。

実際、その本の著者自身も「1000回メルマガを出し続ける」ということをやっていました。そうしていくことでご縁ができて、出版の声もかかって、私のような普通の大学生が手に取るベストセラー作家になっているというのもすごいなと思って。

そこで読み終わった後に、「なんか自分できないかな?」って思ったのが原点です。

自分が貢献する相手を考えた会社員時代

佐藤 そうだったんですね!そこから、就職は人材系の会社でしたっけ?

玉城 1社目では、キャリアアドバイザーをやりたくて人材紹介の会社に入りました。ただ、配属されたのは畑違いの、東京都から委託されている東京仕事センターというところでした。
会社の社風や、その会社の人が好きで入社したのに。笑

佐藤 あらら。笑

玉城 とはいえ、「郷に入れば郷に従え」と思ってやりました。最初は全然芽が出ませんでしたが、ちょっとずつ「一人前になってきたかなー」みたいな感じではあったんですよね。

1年目は本当がむしゃらにやって。2年目の夏ぐらいから、ちょっとした違和感を覚えるようになったんです。まさに、あきらめの兆しが見えたみたいな。笑

佐藤 どんな違和感だったんですか?

玉城 何でしょう。本当に「私が1日8時間をかけるところはここなのかな?」とか、「私が喜ばせてあげられる人はこの先にいるのかな?」みたいな感覚がありました。

その時は、ご縁はがきレッスンも土日に、月一ぐらいでちょっとずつやるようになっていたんです。

そこで、ご参加くださった方にすごく喜んでいただく経験を重ねるうちに、「あれ?私はどっちの人のためにやりたいんだろう?」 みたいな感覚が生まれました。

ご縁がはがきのレッスンをやっていなかったら、その違和感って抱かなかったかもしれません。「仕事ってこういうもんだ」って思って、やっていたかもしれません。

でも、ご縁はがき通じていただける感謝や楽しさを知って、私の中で何かがずれていった感じでした。

そこから、パートナーや両親、会社といろいろ話し合って、2年目の12月に退職をしました。「1月からは独立してがんばるぞ!」みたいな感じで。

佐藤 そうなんですね。退職を決めるまでに、自分の中で葛藤などはありましたか?

玉城 夏から秋ぐらいまでの数ヶ月は、なんかどっちともつかない うだうだした感じの日々を送っていましたね〜。

佐藤 その期間から、どんなことを考えて「独立しよう」と決めたのでしょうか?


玉城 そうですね。「いつか…」と考えながらも、「なかなか踏み切れないなあ」という気持ちがありましたね。
ビジネスのやり方は分からないし、生活していける保証もない。 今の会社にいれば、目標を達成しなくても休んでも、有給手当やいろいろあるし。

ただ、それまでの経験の中で、「決めたら自分はけっこう頑固」っていうことを知っていたので。笑

決めたら本当に早いし曲げないから、「これぐらい悩んでいるっていうことは、それだけ大事なことなのかな?何かのタイミングが来るのかな」って思って。

モヤモヤした気分をマイナスに捉えるというよりは、「なんかいいことが来るんじゃないか、自分!」みたいな感じで、ちょっと楽しみに待っていた感じでした。

ご縁はがき講座の様子
ご縁はがき講座の様子(玉城さんのFaceookより)

組織で働くことをあきらめて、1回目の独立へ

玉城 いろんな人に会ったり学んだりもしました。

ちょうど秋ぐらいだったかと思います。研修で、ガッツリ自分の人生と向き合ったんです。週末でしたが、自分の中でいろいろなことを考えました。

そして週明けに、「やっぱりいつかはご縁はがきを仕事にしたいな〜」なんて思いながら出社したんです。

「あと1年、2年はこの会社でがんばろう!」と思いながら出社したんですけど。
出社したら「あれ?私ここにいるべきなのかな?」みたいな疑問がすごく素直に出てきたんです。自分でも不思議なぐらい。

そこからはもう、早かったですね。
組織で働くことをあきらめて独立しようみたいな感じで。

「まあちょっとバイトしながらでも、なんとでもなるよね」とか、「手続きしてから1ヶ月ぐらいで退職できるかなー」とか、そういうことを考え出した自分がいて。ワクワクしたんです。ということは、自分は独立したいんだなって思って。

親と、お世話になっていた部長と、パートナーの3人にまず言ってみて、「全員からGoが出たら独立しよう」って感じで。 その日に親やパートナーに言ったのはすごい覚えています。

佐藤 そうなんですね!3人とも、最初からすんなり「やりなよ」っていう感じだったんですか?

玉城 最終的にはそんな感じでした。

1回目の独立を振り返って「あの時はよく生きたな」

佐藤 独立されてみて、いかがでしたか?

玉城 あの時は「よく生きたな」っていう感じです。笑

佐藤 あるよね、振り返ると!あるある。笑

玉城 本当、自転車操業でしたね。でも、お客さんといる時間はすごく楽しくて。だからやれたみたいなところはありますね。

佐藤 そういうのって、ありますよね!2社目の from Familyさんは、どんなきっかけで入社されたんですか?

玉城 ご縁はがきレッスンを一人でやっていた時に、お世話になっている方から社長ご紹介いただいたのがきっかけです。

社長はご縁はがきにも共感してくれて、「一人でやっていく道もあるけど、組織で仲間と一緒にやれば力になってくれる人も増えるし、関わるお客さんの数も全然違うし、何より麻衣のやりたいことの力になれるんじゃないかな?」という言葉をいただいて。

社長の考えにも共感するところがあったので、「では、お願いします!」みたいな感じでスタートしました。

玉城さんのFaceookより

信頼できる仲間と無我夢中でかけぬけた2年間

佐藤 2社目でお仕事されてみて、いかがでしたか?

玉城 2社目は本当に小さい会社だったので、その中での価値観や考え方っていうのは、すごく濃く、しっかりありました。私も、良くも悪くも素直なので、言われたことや考え方を大事にしながら 柔軟にやっていたと思います。

もともと仕事は何をやっても好きだったので。小さい会社なので任せられる役割も大きくなって、そこにはすごく充実感を感じながらやっていました。無我夢中で、本当にいろんなことをさせてもらったっていう感じでしたね。

「会社って生き物なんだな」っていうのをすごく感じた2年間でもありました。
人が病気をするように、会社も本当に行き詰まる時もありますし、誰かから何かを言われてすごく元気になったり前に進んだり、ちょっとした出来事がきっかけで大きな仕事につながったり方向転換したり。

「誰とやるか」「誰に貢献するか」その間でゆれる日々

玉城 創業して2年間を経て、だんだん会社の道筋が固まってきた時でした。

そういうタイミングでふと、「ご縁はがきで人を喜ばせたいと思ってこの会社に入ったけれど、それはどんな形で実現できるのだろう?」と考えました。

「この会社にいて叶わないことはない」とも思いましたが、「どれだけ自分がやりたい形で届けたい人に届けられているか」ということを考えると…。会社が目指していたものと、ちょっと違ってきているのかなぁみたいなことを思ったんですよね。

人が、ちっちゃい時は「野球選手になりたい」って言ってたけど大学生になったら弁護士を目指すように、「その人は変わらないけど、変わるものってあるんだなぁ」みたいな。
そういうところで照らし合わせた時に、「私、ここじゃないのかな」みたいなことがあって…。

ただ、私も「誰とやるか」をすごく大事にしていましたし、一緒にやっている仲間は本当に信頼しているし、大好きだったので…。ここは、すごい悩んだんですよね。

玉城さんのFaceookより

この会社にいれば得られるものはたくさんあるけど、私はまた一から進もう

玉城 この会社ででやり続けるにしても、一人でやるにしても。

かねてからご縁はがきを応援してくださっている方を思うと、これはもうちょっと「私、人では選べないな」って思ったんです。人の顔を思い浮かべるとぶれてしまう。いろんな想いが溢れてきて選べない。

そんなことをぽつっと、主人に話したんですよね。私は10分ぐらいで終わらせるぶやきのはずが、気づいたら2時間ぐらい話を聞いてもらっていました。

私は、その会社にいる人生をずっと考えていたけれど、主人が「全くない人生もちょっと考えてみたら」って言ってくれて。「ある人生とない人生、相対的に見比べてみて、麻衣が行きたい方を行けばいいんじゃない?」っていうこと言ってもらって。

その時に、会社の価値観や考え方を身にまとっていた自分がすっとなくなって。
「あ、そっか。素の私で、ちょっと考えてみようかな」みたいな感じになりました。

主人に言われて初めて、「どれだけ、会社の価値観に染まっていたんだろう」って思ったんです。

本当に自分がやりたいことを考えた時に、やっぱり原点に戻って。最初に独立した時。あの時もなんだかんだ言って「なんとかなってたから大丈夫かな」って。

そのまま会社にいれば、得られるものもあったかもしれませんが。 私は後退して、また「一から自転車をこぐ」っていう選択に戻った感じです。

佐藤 あの時は、かなり葛藤されてましたよね。なんだろう…、麻衣さんのいた会社のみなさま。なんか、「仲がいい」っていう薄っぺらい表現じゃないんですよね…。

確かに「誰とやるか」って考えると、麻衣さんは会社に居続けていたかもしれませんよね。

玉城 そうですね〜。相当悩みました。

お客さんも、私が一人でご縁はがきをやっていた時から応援してくださった方もいたので。もう、なんか謝るというか「二転三転してすいません!」みたいな感じで、いろんな方にお手紙を書いたりお伝えしたりしました。

講座をやり続けてきたからこそ、教えることをあきらめる

佐藤 素晴らしいですね。再度 独立された時も、そうやってお手紙を書いたりお伝えしたり。そうやって、続けていることもすごいです。

玉城 本当に、レッスンをやり続けていく中で「私が教えるんじゃないんだ」みたいなところに行きついて。

無償でやり始めたところから、今こうやって仕事としてやっているので、「対価をいただくからには何か教えなきゃ」という思いがあったんです。

もちろん私がお教えしてご満足いただけることもあるんですけど。「自分の力で時間をかけて書いた」っていう事の方が、その人は喜ぶんだなぁみたいなところも感じています。

そういう経験をたくさんさせていただいてから、講座の前に力むことがなくなりました。

佐藤 あ〜それは、「教えることをあきらめた」と表現もできるかもしれませんね。…もうかなり前の、私が参加した、あの時はまだ力んでたよね?笑

玉城 あ〜。結構力でました。笑
来ていただく方の層にもよりますが、絵里さんがいらした時は力んでたかも。

佐藤 あ〜。なんか、すごそうな方も参加されてましたね。人も多かったし!

そうやっていろんな方の前に立って講座をやり続けているのは、やっぱりすごいなって思います。

玉城 最近はありがたいことに、営業でかなり高い成績を収められている方や士業の方もいらっしゃって、理解してもらえることが本当に嬉しいです。

人と人とがつながるコミュニティづくりを支えたい

佐藤 麻衣さんの「ご縁はがき」って、最近だとテレビに取材されたり、経営者の方に向けてレッスンしたり、教育機関からもお声がかかったり、すごい広がっている感じがします。

普段、どんな気持ちで、お仕事をしてるんですか?

玉城 今は、仕事においては「一進一退」っていう言葉が一番しっくりするところです。一歩進んだと思っても、一人でやっているので、あれもこれも一緒に進めることは無理で…。

例えば、講座をしている間は、営業活動はできませんし、Facebookを黙々頑張って2〜3時間パソコンにもくもく向かっていても何がすぐに入るわけではなくて。

毎日、なんかちょっとドキドキしながら、売上が上がる時もあればなかなかって言う時もあるしていうところなんですけど。

オンラインで福井の小学校にレッスンしました
福井の小学校にオンラインレッスン(玉城さんのFaceookより)

玉城 でも、長い目でご縁はがきがあった人生の、ここ5年ぐらいを振り返ってみると、 それでもやり続ければどっかでポンと花火が上がると言うか。 見ていてくださる人も絶対にいて、自分の提供した者が価値となって返ってくるというような。

そういう小さいものがあるから、「これから先もやり続けていく限り、だんだん大きくなっていくのかな」みたいなことを、思いながら願いながらやっている感じです。

今は私一人でやっていますが、ご縁はがき講師も増やして、ご縁はがき講座ファシリテーターみたいなものを作りたいなって思っているんですね。

小学校とか職場とか地域で、私でなくても「ご縁はがきを書こうよ!」って伝えてくださる方がたくさんいらっしゃって、ご縁はがきが一つの文化を創っていく。

その中で、人と人とがつながるコミュニティづくりを支えるものになってたらいいなっていう想いがあります。

佐藤 いいですね〜。海外とかにも広まりそうですよね。

玉城 あ〜。それは考えてます。

佐藤 筆で描いてある、ちょっと味のあるお地蔵さんとか。個性が出ていいですよね。ありがとうございました!

ご縁はがき
玉城さんのFaceookより

温かい職場環境にいることをあきらめてまで届けたい、人と人とがつながっていく「ご縁はがき」

会社組織で得られる成功や安定をあきらめ、温かい職場環境にいることをあきらめた玉城さん。

玉城さんがどんな時でもたくさんの人に応援されているのは、苦しくても悩んだとしても、自分の思いを大切にしているからかもしれません。

「なんか自分にできないかな?」の気持ちをきっかけに、始まったご縁はがきレッスン。最初は無償で、小さく小さく開催されていたレッスンが、この5年間で確実に広がっています。

「また一から自転車をこぐ」とお話しされる玉城さんからは、いっぱいの愛情と楽しさが伝わってきました。

「なんか自分にできないかな?」
「こんなことやってみたいな」
「これを誰かに伝えたい」

日常の忙しさから離れた時、ふと 心に浮かんだ言葉。その言葉を大切にして、一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。